博士論文 木島由晶 『連鎖販売の文化社会学的考察』


【目次】

はじめに

第1部 連鎖販売と現代社会  1
第1章 連鎖販売への社会学的接近  2
 1‐1 連鎖販売の仕組み  3
 1‐2 連鎖販売の歴史  10
 1‐3 連鎖販売の市場  18
 1‐4 本稿の目的と構成  26
第2章 連鎖販売はどのように語られてきたか  37
 2‐1 販売方式の是非  38
 2‐2 「宗教」としての連鎖販売  39
 2‐3 「マインド・コントロール」の是非  43
 2‐4 公私を統合する商法  46


第2部 連鎖販売の集団特性 
第3章 家族のビジネス  54
 3‐1 家族で働く  54
 3‐2 個人事業主の苦労  58
 3‐3 擬制的な家族  62
 3‐4 「1.2次元」の人間関係  67
第4章 信念のセールス  74
 4‐1 愛国心とキリスト教  74
 4‐2 製品のイデオロギー  78
 4‐3 販売という奉仕活動  81
 4‐4 連鎖販売の理念  86
第5章 自主的な管理  93
 5‐1 積極思考の具現化  93
 5‐2 言動の模倣  99
 5‐3 紐帯の強化  103
 5‐4 管理と自主性  114


第3部 連鎖販売の文化形態 
第6章 日本の連鎖販売  122
 6‐1 アメリカ人の倫理  122
 6‐2 ディストリビューターの成熟  125
 6‐3 ネットワーカーの黄昏  127
 6‐4 ジャパニーズ・ドリームの希求  132
第7章 連鎖販売の文化  136
 7‐1 連鎖販売の価値  136
 7‐2 連鎖販売の宗教性  136
 7‐3 連鎖販売の東洋と西洋  138
 7‐4 連鎖販売の行方  140

文献  142
後書き  154





はじめに
 ある晴れた日の夕暮れ時、昔の友だちから久しぶりに電話がかかってきた。ひとしきり子供のころの話題で盛りあがった後で、唐突に「お前と仕事がしたい」と切り出された。「何をするの?」と聞くと、「洗剤を売る」という。てっきり会社でもおこすのかと思い、「資本出す金なんてないよ」と牽制すると、「いらない。広告塔みたいなもんだし」と拍子抜けする答え。思わず受話器の前でポカンとする私に、彼はいろいろと説明してくれた。
 要は、自分の周りに製品愛用者のネットワークを広げてゆく仕事であるらしい。企業と消費者との間に立ち、口コミで製品の魅力を伝える役割をになうわけだ。首尾よく製品を買ってもらえれば、その金額の一部はバック・マージンとして自分のふところにも入る。そして画期的なのが、広げるネットワークが愛用者に留まらない点である。私が誘われたように、ともに仕事をする人の輪を広げてゆくのが重要なのだという。もしも順調に仕事仲間が増え、かつその仲間をしっかりサポートできたなら、仲間がかせいだ収入の一部は自分の報酬になる。そうして、愛用者と仕事仲間の2つの輪がどんどん広がってゆけば、最終的には億万長者になることも夢ではないのだ――そう語って彼は電話を切った。

 以上は、かつて私が実際に体験したエピソードである。何年も前のことなので、細部は覚えていないが、大筋はそんな感じだった。旧友がわざわざ電話をかけてきてくれたことへの喜びと、急に仕事の話をふられたことへの違和感がないまぜとなり、受話器をおいた直後はしばらく頭がすっきりしなかった記憶がある。なぜだかそれ以来、彼からの連絡はぷっつりと途絶えてしまったのだが、この時に感じた疑問がきっかけとなって、私はその「仕事」に関わる人たちを研究しはじめたのだから、人生とはフシギなものだ。
 私の感じた疑問はつぎのようなものである。いくら子供の時分に仲良くしていたからといって、10年以上もずっと疎遠でいたのだから、大人になった私がどんな考え方をもっており、どういう人間に育ったのか、彼にはおよそ想像がつかないはずだ。だから彼が私を仕事に誘う理由がわからなかった。それに仕組みが奇妙に思えた。もしも私が「仕事」をはじめていれば、彼とは同僚の関係になったはずだが、ふつうの仕事と異なるのは、私の稼ぎが彼の稼ぎと連動している点にある。だったら私はその時、彼とどんな風につきあうことになったのか。私はその「仕事」にどんな魅力を見出しただろうか。
 この奇妙な仕組みをもつ商法を、本稿では連鎖販売と呼ぶ。誤解をおそれずにいえば、連鎖販売は「友だちを勧誘することでお金がもうかる」仕組みをもっている。したがってこの仕組みは、近代的な社会意識からすれば、すんなりとは容認しにくい。従来「お金をかせぐこと」と「友情を育むこと」とは、分けて考えるべきものとされてきたからである。現に、友情にお金が絡むことを危惧してか、この仕事をはじめると「友だちをなくす」と指摘されることも多い。
 ところが、実際に働いている人たちが連鎖販売をどう考えているのかについてはあまり知られていない。口コミで人の輪が広がってゆくため、部外者にはその実態がみえにくいのである。そのうえ、連鎖販売はアメリカからわたってきた商法で、日本に流入してから30年以上の歴史をもっている。今日では100万人前後の人間が連鎖販売に関わっていて、そのうち3割程度の人が何らかの形で企業から報酬をもらっているとされる。いろいろと非難される一方で、連鎖販売は確実に日本社会に根づいている。
 そこで本稿では、とかく感情的に語られることの多かった従来の議論を点検しながら、連鎖販売に関わる人たちの意識や行動のありようをできるだけ丹念に検討してゆく。とりわけ、彼/彼女らの意識のありように注目することは、今日「宗教のようなビジネス」として注目されている連鎖販売の現代性をひもとく重要な手がかりになると私は考えている。一連の作業を通じて、これまで「異質な他者」と考えられてきた人びとの姿がより身近な存在として理解されたならば、筆者にとっては望外の喜びである。